公立共済 安らぎの宿
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あなたの、あなたならではの「道」

 「道」の字は、「しんにゅう」+「首」を組み合わせた形です。しんにゅうには、行く、歩くの意味があり、びっくりしますが、字の通り首を手に持って進んでいくという状態を道といいます。
 古い時代には、ある氏族が別の氏族の土地に入ると、その氏族の霊や邪霊がいて災いをもたらすと考えられたので、異族の首を手に持ち、その呪力で邪霊を祓い清めて進んだとされています。その祓い清めてい進むことを導(みちびく)といい、祓い清められたところを道といい、「みち」の意味に用いられたようです。
 また、トッテのついた大きな針=余を使って祓い清めながら進むことを除といい、この場合の道を「途」という。

 一方、「道」には芸術など専門分野での道理をしめす道の意味もありますね。

「 朝に道を聞かば、夕に死すとも可なり 〜『論語』 」

 この場合の「道」の意味は、人間として守らなければいけない正しい規範、家庭のあり方、社会道徳など苦労してでも追求して習得すべきものの意味になります。

 安岡正篤氏の『活眼 活学』の中で「道」とは、反本復始といい、本に反り、始めに復って、絶えず新しく出直していくことで、作物の生長でもいえるように生えっぱなし、伸びっぱなしでは駄目。必ず根に帰って、絶えず新しい創造が行われるのがよいが、二世三世は往々にして本に反り始めに復ることを忘れてしまい、先代の創業垂統の精神から離れ、あるいは背いてしまう。絶えず、先代の創業の根本精神に返り、その始めに復ることが「道」であるとあります。

「 大道廃れて仁義あり 〜『老子』 」

 大いなる「道」が見失われたからこそ仁だ、義だという。老子は万物の根源である「道」を最も重要視したといわれています。「道」がなければ万物は生存できないのに、道はいささかも功績をひけらかすことなく、無心、無欲、虚心、謙虚に徹している。人間もそういう「道」のあり方に学べば、どんな時代でも生き残っていけるのだと。

 決して今からでも遅くはありません。あなたの、あなたならではの「道」を見つけましょう。