ルビノから歩いて巡る歴史あと46歩いて8分・佐賀鍋島藩屋敷跡 (2021年04月13日)

【智恵光院通上長者町東入ル】

 

 

今回も「青天を衝け」に因んだ歴史あとのご紹介です。

 

佐賀藩は肥前藩とも呼ばれ、幕末維新期には薩長土肥と呼ばれた雄藩です。

 

幕末の佐賀藩は、財政が苦しいところに英国艦船が押し寄せるなど、藩政改革の必要に迫られていました。
藩主・鍋島斉正は財政と軍事力の改革に挑みます。
最先端の科学技術導入、教育改革、様々な分野での研究・開発・生産などを推進し、1867年のパリ万国博覧会に出展するなど最も近代化された藩の一つとなりました。

 

京都の佐賀藩は幕末まで態度を明らかにしませんでしたが、ついに戊辰戦争に参加、江戸・上野戦争などで戦った結果、明治政府に多数の人物が登用されました。

 

佐賀鍋島藩邸は何度か移動をしており、江戸時代初めは四条堺町、中頃に四条烏丸、そして幕末にここへ移されました。

 

この辺りは幕末に藩邸を移した藩が多く、歴史的に重要な地であったことが伺えます。
次回は大政奉還の構想を練ったとされる小浜藩邸跡をご紹介いたします。

 

*佐賀鍋島藩屋敷跡はルビノから徒歩8分。お泊りはルビノ京都堀川で。